fc2ブログ
01≪ 2024/02 ≫03
1234567891011121314151617181920212223242526272829
2019-02-09 (Sat)


勇気づけとは今できていることを

そのまま言葉にすること。

褒めることとはちょっと違うんですよ(^_-)-☆



ヨーガ療法士になるまでも毎月の宿題や論文、

症例報告に向けて、

ヨーガ療法を友人、知人にしてもらっていました。

今、思い出しても、目が回るほどの忙しさの中で

よく頑張った3年間だと胸を張って言える時間を過ごしました。



ヨーガ療法士になってからも

それはそれは、学ぶことが多くあります。


認定ヨーガ療法士でいられる期間は4年間。

その間に各種の講座に出て一定のポイントが貯まらないと

次回の更新ができません。



医学だって日夜進化していますよね。

昔はぎっくり腰のあとは安静にしなあかんかったけど、今は違うし、

出産直後も赤ちゃんを産湯に入れるのはすぐにしなかったりと。



私たちのヨーガ療法士も心身相関医学を教わっているので

やはり学び続ける必要があります。



そして、ヨーガの4500年の智慧となる

聖典も合わせて学び続けていく必要があります。



それはポイントのために学ぶというよりも

ヨーガ療法士として、人として

向上できる場があるので

とても有り難いことです(*^-^*)



人にお伝えする立場なので

自分自身の考え方のくせや

自分が、何にこだわっているのかを見立てる練習もします。



なので、


ヨーガは心理教育である。


ということです。



ヨーガの聖典による考え方の中に

「人間五蔵説」があります。


アーサナでは食物鞘(アンナマヤ・コーシャ)に


呼吸法では生気鞘(プラーナマヤ・コーシャ)に


瞑想では理知鞘(ヴィジュナーナマヤ・コーシャ)に働きかけます。


多くのヨーガでは

アーサナと呼吸法をすることにより

ある程度は元気に一般的に

社会生活をイキイキと送れるようになれます。



しかし、瞑想での気づきがなければ

意思鞘(マノーマヤ・コーシャ)からの

五感、運動器官から伝達された時の

感覚やそこから生まれる感情などは一向に変わらないでしょう。



ヨーガの時間は、集中して、体も呼吸も

コントロールしながら行うので瞑想していなくても

ある程度は意思鞘をコントロールすることをしています。



でも、日常で他者とのかかわりからの心の働きや

日常の出来事に反応する感情のクセは

瞑想で気づきがないと

本質的に変わるのは難しいと思います。


なので、理知鞘での判断基準も自分自身の昔から変わらないままでしょう。




私は瞑想によって、

歓喜鞘(アーナンダマヤ・コーシャ)へ触れた感覚を何度か体験しています。


歓喜という言葉通りに自分自身の深い深い底のほうからの

なんともいえない喜びであったり


悲しくてつらい体験を思い出して

それを整理した時もあります。



それ以上に、人間の存在を超えて、

魂よりももっと深い部分が大いなるものを

察知したというか、触れたというか。。。



こういう経験が今の私を作っています。


yogaからの学びを私は必要としています。


私は日本ヨーガ・ニケタン
https://www.yoganiketan.jp/aboutyoga001.html

でヨーガを学ぶことが出来てとても良かったです。


この世で生きている日々の喜びや

悩み、苦しみ。

面倒くさい、あれこれも

いつもじゃないけど客観的に見られるようになります。




いろんなヨーガを体験された方もそうでない方も

ヨーガニケタンでの学びをおすすめします♡



関連記事
| ワークショップ・講座 | COM(0) | | TB(0) | |
コメント







管理者にだけ表示を許可する